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自家採取種・無農薬・無肥料栽培による「ハッピーヒル」 in 135°E
自然農法の開祖・福岡正信さんが残された遺産のお米
「ハッピーヒル」

 

ハッピーヒル・福岡正信物語

95歳で永眠された自然農法の開祖・福岡正信さんが残された遺産のひとつに

「ハッピーヒル」という稲の品種がある。
ハッピー(福) ヒル(岡)と名付けられたこの稲は、大東亜戦争中にビルマから持ち帰られた稲と日本の在来種の稲を福岡さんが交配して作った新品種。
穂が粟のようにたっぷりとした多収米で、その出自や生い立ちから考えて自然農法(不耕起・直播・無施肥・無農薬)に適していると思われる。

 

※私たちは、いつか遭遇する食糧危機を救う奇跡の稲としてイセヒカリと共に大切に守り継いで行きます。

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福岡正信 氏

愛媛県伊予郡南山崎村(現伊予市)に生まれる。

旧制松山中学校岐阜高等農林学校(現岐阜大学応用生物科学部)卒。

若い頃は横浜税関の植物検査科に所属し研究に没頭していたが、急性肺炎にかかり死に直面すると、「この世には何もない」と悟り、仕事をやめ地元に戻り農業を始めた。

「やらなくてもいい」ことを探しながら、つまり科学農法を否定するために多くの失敗を重ね、自然農法を確立していった。

米麦連続不耕起直播は、を刈る前にクローバーの種を蒔き、裸麦の種の粘土団子を蒔き、稲を刈ったら稲わらを振りまく。 麦を刈る前に稲の粘土団子を蒔き、麦を刈ったら麦わらを振りまくという栽培技術である。

粘土団子」と呼ばれる、様々な種を100種類以上混ぜた団子によって砂漠緑化を行おうとした。

行われた場所は、ギリシャ・スペイン・タイ・ケニア・インド・ソマリア・中国・アフリカなどの十数カ国にも及び東南アジア諸国では、粘土団子方式で荒野がバナナ畑や森として甦った。

1988年、アジアのノーベル賞といわれるフィリピンのマグサイサイ賞を受賞。

90歳を過ぎ歩行が困難になっても、中国の要請に応え、粘土団子の技術指導に現地へ飛ぶなど、最晩年も達者な活動ぶりを見せていた。 

 

◇福岡正信 略歴(現在の地名で表記)
1913 愛媛県伊予市にて出生
1930 愛媛県立松山中学校卒業
1930 岐阜高等農林学校(現岐阜大学農学部)入学・樋浦誠に師事
1934 横浜税関に勤務・黒澤英一に師事
1937 日本植物病理学会誌に論文投稿
1937 一時帰農
1939 高知県立農事試験場勤務
1941 『農作物 病害虫防除提要 第一編』(楠会)出版
1942 『農作物 病害虫防除提要 第二編』(楠会)出版
   戦後帰農
1950年代 粘土団子着想
1958 『百姓夜話』(自費出版)出版
1975 『自然農法・わら一本の革命』(柏樹社)出版
1978 "One Straw Revolution" (Rodale Press) 出版
1979 初の海外活動、砂漠緑化に関心を持つ
1986 福岡糯3号、福岡2号、福岡1号品種登録
1988 マグサイサイ賞受賞
1997 第1回アース・カウンシル賞受賞
2005 最後の講演会(愛知万博)
2008 愛媛県伊予市にて永眠

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◆福岡正信 自然農法家

  ~何もしないのが最高の農法~

   https://www.youtube.com/watch?v=aBtaRJvvsK0

   https://www.youtube.com/watch?v=WBwJPOzTwyQ&t=272s

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